With・・

第4章 〜Curtain call〜

 
「もう落ち着いた?。」
「はい、……ごめんなさい、紫音さん……。」
 紫音の問い掛けに、若菜は静かな口調で答えた。
「いいよ、気にしなくても……。」
 紫音はそう言うと、傍らに居る若菜に小さく微笑んだ。
 二人は若菜の寝室へと来ていた。
 高ぶった若菜の感情を落ち着かせる為に、紫音は若菜を部屋に連れて行き、ずっと傍に寄り添って慰めていたのだ。
「あの……、本当に着替えなくても宜しいのですか?……。」
 若菜は、服が未だ少し濡れたままの紫音を見て心配そうに言った。
「え?……ああ、大丈夫……。さっき若菜から借りたタオルで粗方体と服を拭いたし、第一、僕に合うサイズの服なんて無いだろ。それに……。」
「それに……?。」
「もし僕に合うサイズがあったとしても、まさか若菜のパジャマやスカートなんかを借りて着る訳にはいかないしね。」
「え?……うふふ、そうですね…。」
 紫音の冗談混じりの言葉を聞いて、若菜は無邪気に笑った。
「………やっと笑ってくれたね。」
「え……?。」
 紫音の言葉を聞いて不思議そうに見つめる若菜に、紫音は沈痛な面持ちを浮かべ、言葉を一つ一つ噛み締めるように言った。
「若菜……本当にごめん…。僕…何にも若菜の気持ち何一つ理解してなかった……。これじゃあ、……若菜の恋人…失格だね………。」
「……そんな事ありません・……。」
 紫音の言葉に若菜は悲しそうな表情を浮かべ、小さく首を振った。
「恋人失格だなんて……そんな事、決してありません……。だって、紫音さんは…そんなになってまで私の元に来てくれた……。
寂しくて……ずっと泣いてた私を優しく慰めてくれたんです……。だから恋人失格なんて……そんな事……言わないでください…。」
 そして若菜は、ベッドに置いていた小さな小箱を取るとそれを紫音の前にゆっくりと差し出した。
「……紫音さん、これ、…憶えていますか?……。」
「え………?。」
 紫音はその小箱を見ると、少し頷いた。
「もちろん…、だってこれは、僕達にとっての思い出のオルゴールだから……。」
「あ……フフ、嬉しい……。」
 紫音の言葉を聞いて、若菜は優しい笑顔を浮かべ、こう続けた。
「……紫音さん、私が前にお会いした時、家族の夢を見てしまうという話をした事を憶えていますか?……。その夢を見た後、私、寂しさでそれから中々寝付く事が出来なかったんです。そんな時、このオルゴールの音色を聞いてると、凄く心が落ち着いて眠る事が出来たんです……。まるで貴方が傍に居て、私を優しく包んでくれているように思えて……。だけど…貴方にお会いしてから……このオルゴールの音色を聞いても心を落ち着かせる事が出来なくなってしまっていたんです……。音色を聞く度に…あの時の貴方を思いだしてしまって……。
貴方に逢いたい…貴方の声を・……温もりを感じたいと言う思いが強くなって・・……。」
「若菜……。」
 紫音は若菜の言葉を聞き、そっと若菜の頭に手を添えると自分の肩に寄せた。
「あ・……。」
若菜は不意の事に小さく声を上げたが、自分の頬越しに伝わる紫音の温もりに幸せな気持ちを溢れんばかりに感じていた。
「若菜…ごめん……。でも、もう大丈夫だからね・……。今日は、ずっと傍にいるから……。」
「・……はい。」
 顔を寄せて耳元で囁く紫音の言葉に、若菜は小さく頷き、静かに目を閉じた。
「・……好きだよ、若菜……。」
 それに答えるように紫音はゆっくりと顔を近付けていき、二人は唇を重ねあった。
(あ・・・)
 まるで自分の愛しさを伝えるような紫音の口付けに、若菜はそっと紫音の背中に手を回し、切なさと愛しさで無意識に紫音のシャツを軽く握っていた。
「・・・若菜、もう眠った方がいいよ・・…。明日学校だし・……。」
 愛しさを募らせた口付けの後、紫音は見つめ合ったまま、若菜のこめかみの辺りをそっと親指で撫でながら囁いた。
「はい・・・、そうですね・・・・・・・。」
 少し微笑みながらそう言うと、若菜は名残惜しそうにシャツから手を離し、自分のベッドに横になるとシーツを胸の辺りまで被った。
「あの・・・・・・・、一つ・・・お願いがあるんですけど・・・・・・・・。」
「・・・え?、お願いって・・・・・・・?。」
「・・・・・・・私が眠るまでの間で宜しいので・・・、私の手を繋いでいてくれませんか・・・・・・?」
 若菜は少し顔を紅らめながら、ベッドの横で付き添うように座っている紫音へ遠慮がちに呟いた。
「・・・・・・うん、いいよ。」
 紫音は優しい口調で答えると若菜の手をそっと繋ぎ、もう片方の手で若菜の髪を優しく撫でた。
「あ・・・うふふ、有難う御座います・・・・・・。」
 若菜は嬉しそうに微笑むと、繋いだ紫音の手を包み込むように自分の手をそっと握りしめた。
「うふふ・・・・・・、紫音さんの手、とても暖かい・・・・・・。」
「そ、そうかな?・・・・・・・。」
 少し照れ臭そうに紫音は呟いた。
「はい・・・、まるで紫音さんの心みたいに、優しくて・・・とても暖かいですよ・・・・・・・。」
「・・・若菜・・・。」
「紫音さん、・・・本当に有難う御座います・・・・・・。私・・・凄く幸せです・・・。
こんな風に・・・・紫音さんの温もりを・・・・・感じながら・・・眠る事が・・・・
夢・・だったから・・・紫音・・さ・・ん・・・・・・。」
 そう途切れがちに呟きながら、若菜はそれまでの疲れからか、深い眠りの世界に中に少しずつ誘われていった。
「・・・・何だか・・・・・・とても・・・眠く・・・・なってきた・・・みたい・・・。
・・・・・紫音・・・さん・・・・おやすみ・・・な・・・・・さい・・・・・・・。」
「うん・・・・・おやすみ、若菜・・・・・・。」
 紫音の言葉を聞いて安心したのか、やがて若菜は静かに寝息を立て始めた。
「・・・・・・・・眠っちゃたか・・・・。本当に疲れてたんだな・・・・・・・。」
 眠っている若菜を見つめながら、紫音は邪魔にならないよう髪を撫でるのを止めて、そっと隣に置いてるオルゴールに手を伸ばした。
「・・・懐かしいな・・・・・・。」
 そう呟くと、オルゴールの蓋を開けようと若菜と繋いでるもう片方の手を
 無意識に外そうとした。だが・・・
 ・・ピクン・・
 それを拒むように繋いでいた若菜の手が微かに動いた。
「あ・・・・・・。」
 その微かな動きに気付いた紫音は、繋いでる手をまたしっかりと繋ぎ直した。
「ごめんね・・・、もう大丈夫だから・・・・・・。」
 そう呟きながら、紫音はこのオルゴールに纏わる、幼い頃の若菜との思い出を思い出していた。
「・・・あの時もこんな風に・・・・・・。」


「ほ、本当に中に入りますか?……。」
「大丈夫だよ、お爺さんが見回りに来るまでには出るんだから……。」
 まだ紫音が京都に居た頃、不安がる若菜を説き伏せて綾崎家の倉に二人で内緒で入った事があった。
 其処には若菜の祖父が大事にしている骨董品の数々が置かれており、二人もその品の数々に興奮を抑えきれないほどになっていた。
 毎日、決まった時間に祖父が見回りをしている事を忘れてしまう程に・・。
「お前達、其処で何をしている!。」
 その声でふと我に返った二人は、自分達の「小さな冒険」が最悪の状況に陥ってしまった事を知った。
 紫音は怒りに震える祖父に精一杯の勇気で
「僕が悪いんです、だから若菜ちゃんは許して・・・・・・。」
 と若菜を守ろうとした。だが、その言葉に祖父は全く耳を貸さず、若菜は罰として倉に其のまま閉じ込められ、紫音は「二度と家の門をくぐるな!」と家から追い出されてしまった。
 そして夜も更けた時刻、その倉の前に紫音の姿があった。
 閉じ込められた若菜の事が心配になってこっそり忍び込んだのだ。
 ・・・いくら厳しい祖父とは言え、こんな遅い時間まで閉じ込めたりは・・・
 心の中でそう思いながら紫音は倉の入り口に近づいていった。
 と、その倉の中から女の子の泣いてる声が聞こえてきた。
「え?・・・。」
 紫音は慌てて入り口に駆け寄ると、小さくノックしながら若菜の名前を呼んだ。
「若菜ちゃん、其処に居るの?。」
 その音が聞こえたらしく、倉の中から入り口に駆け寄る音が聞こえてきた。
「・・・その声は・・・、紫音さんですか?。」
 そして、扉越しに涙で声を詰まらせた若菜の声が聞こえてきた。
「うん、紫音だよ。若菜ちゃん、大丈夫?。」
「はい・・・。」
「待ってて、今から助けるから・・・。」
「え?・・・、駄目です、そんな事をしたらまた紫音さんが・・・。私なら平気です・・・だから・・・。」
「いいから待ってて。すぐ其処に行くから・・・。」
 そう言うのが早いか、紫音は中に入れそうな入り口を探し始めた。
 すると、紫音が何とか入れそうな天窓を見つけた。
 だがその天窓は倉の上の所にあり、傍に生えてる木を伝っても中に入れそうには無かった。
「どうしよう・・・。」
 紫音は途方にくれて辺りを見回した。
「え?・・・、あれって・・・・。」
 紫音は木の近くにある何かを見つけると、それを手に取った。
 それは、一本の古びたロープであった。
「・・・何でこんなのが・・・。とにかくこれで中に行ける。」
 少し疑問に思いながらも、紫音はそのロープの片方を木の幹に結ぶと、その天窓目掛けて投げ込んだ。
 何度目かの失敗の後、上手く中に入ったのを確認すると紫音は、入り口に戻って若菜にそれを大きくて重い物に結ぶように言った。
 しばしの時間の後、中の若菜から答えが返ってきた。
「紫音さん、出来ました・・・・・・。」
「有難う、今からそっちに行くからね。待ってて・・・・・・。」
 そして紫音は、急いで天窓の所に駆けつけ、ロープを伝って中に入っていった。

 ・・・だが、その一部始終をずっと見つめていた一つの影の存在を紫音は全く気付いてはいなかった。
「・・・行きおったか・・・・・・。」
 その影は紫音が倉の中に入っていくのを見届けると、安心したのかその場をゆっくりと離れていった。
「若菜ちゃん!!。」
 倉の中に降り立った紫音は、若菜の所へと急いで駆け寄った。
「・・・紫音さん・・・、怖かった・・・。ずっと一人ぼっちで・・・・・・。」
 そう呟くと若菜は、紫音の胸に飛び込んで大声で泣き始めた。
「・・・・ごめんね、僕のせいで・・・・・・。」
 そう呟きながら紫音は、泣きじゃくる若菜を抱きしめていた。
 それから二人は、お互いの優しさを感じあうように倉の中でずっと寄り添って時を過ごしていた。
「あれ・・・?。」
 そんな時、紫音は月明かりに照らされた小さな小箱を見つけた。
「何だろう・・・・・?。」。
 その箱に近づいていくと、それは装飾が施されたオルゴールだった。
「綺麗・・・・・・。」
 若菜はそのオルゴールを手に取ると、そっと蓋を開けた。
 すると二人の周りを、優しく美しい旋律がゆっくりと包んでいった。
 まるで二人のそれぞれを思う気持を表すように・・・・・・。

「……あの頃と同じだ…。自分のせいで…若菜を困らせて…泣かせて…。……あの頃と何にも変わってない……。」
 紫音はそう小さく呟くと、自分の胸元でオルゴールを傾けて蓋を開けた。
 …ポロン・…ポロンポロン・……
 やがてあの時と同じ旋律が若菜の寝室を包み込んでいった。
 だが紫音には、その旋律はあの時感じた優しい旋律ではなく、どこか寂しく、切ない憂いを纏った旋律のように感じていた。
 それはまるで、一人の寂しさから耐えていた若菜の心を写しているようにも思えた。
「…こんなに寂しい音色だったかな…。」
 そう呟きながら、紫音はじっとオルゴールを見つめていた。
 そしてその音色がやがて途切れがちに消えてしまった後も、紫音はまだオルゴールを見つめ続けていた。
 それからどの位時間が経ったであろう…、何かを思い詰めたように、紫音は心の中で静かに呟いた。
「…明日、言った方が良いよな…。これ以上…若菜を苦しめない為にも・…その方が…。」









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