エピローグ カコーン 庭のししおどしの音が障子越しに遠く響いた。 「・・・御祖父さん遅いね・・・。」 「はい・・・さっきお帰りにはなったようなのですが・・・。」 若菜は紫音の問いかけにそう答えると、廊下へ続く障子を見つめた。 二人は若菜の実家である京都の綾崎家に居た。 二人が一緒に住むにあたっての恐らく最大にして唯一の障害・・・・
「・・・・もしかして、僕達に逢いたくないから・・かな?・・・。」
少し暗い表情で紫音は呟いた。 「でも、昨日の電話では私達の話を聞くと言ってましたから・・・。」
その言葉を聞いて、若菜はそう答えた。 しかし、その若菜の表情にも不安の色がありありと伺えた。
と、言うのもこの約束を祖父本人と交わした訳ではないからである。
実は、若菜の祖父は直接電話に出る事は滅多に無い。
そして今回も、祖母に紫音が「お話したい事があるので、若菜と家に伺いたい。」と伝えた所、 この時間なら家に居るのでと言う事でやって来たのだ。
だが綾崎家に来て見ると、その祖父が何でも急な用事で出かけてしまっており、 2人は、その間離れの間で祖父の帰りをずっと待っていると言う状況になっていた。
カコーン
もう何度となく聞いたししおどしの音が部屋に届いた時、若菜はふと呟くように言った。
「・・・やっぱり、お爺様には内緒にしておいた方が・・・」 「若菜・・。」
その言葉の続きを遮るように紫音は若菜に囁いた。
「その事はここに来る前に話し合っただろ?。 もし、お祖父さんに黙って住んだとしても、いずれすぐわかる事なんだ。 そうなったら、本当に僕達2人離れ離れにさせられる・・・。」
「はい・・、そうでしたね・・。ごめんなさい、弱気になって・・。」
そう言って俯く若菜手に、紫音の手がそっと握られた。
「あ・・・。」
「若菜・・僕だって不安だよ・・。だけど、きっと大丈夫・・。前もあれだけ反対していた東京へ行く事を許してくれたんだ・・。 ちゃんと筋を通して話せば、解ってくれる・・・。そう、信じてるから・・僕は・・。」
「紫音さん・・。」
そう言って瞳を緩ませている若菜を見つめながら、紫音の心は言葉と裏腹に、不安の色を隠せないでいた。
と、言うのも以前、若菜の東京行きを説得する為に赴いた時、祖父は激怒して最初のうち全く取り合ってくれず、 それでも紫音が何日も綾崎家を訪問する内に、少しずつ話を聞いてくれるようになったと言う経緯があった。
ましてや今回は「若菜と一緒に住ませて欲しい」なんて言うお願いなのだ。
あの時以上の祖父の逆鱗に触れる事は非を見るより明らかであった。
(もし、お爺さんが許してくれなかったら・・・その時は・・)
紫音がそう考えていた時、障子越しに歩いてくる影が写った。
「あ・・。」
若菜もその影を見つけると、すっと背筋を伸ばした。
やがてその影の主は、紫音達の居る部屋の障子を開けると、ゆっくりと部屋の中を見回した。
「御爺様、ご無沙汰しております。」
若菜はそう言うと、ゆっくりと頭を下げた。
「うむ・・・。」
祖父はその言葉を聞くと、ゆっくりとした足取りで入り紫音達の前にどっかと座った。
「お祖父さん・・今日は本当にすみません・・・。」
「して・・・一体何の用なんじゃ?・・。このワシに話しがあるとは・・・。」
「はい・・・実は・・・・。」
若菜は祖父の問い掛けに答えようとした、だが・・。
「・・・・・・・・・・。」
どうしても祖父に切り出せずに、口篭もってしまった。
「何じゃ、黙っていても判らんだろうが!。」
若菜の口篭もる姿を見て、祖父はかなり怪訝な口調で問い掛けた。
「は、はい・・・あの・・。」 「あの!、実は、お祖父さんにお許しを頂きたくて・・・。」
若菜は、紫音の言葉を聞いて思わず紫音の顔を見つめた。
すると紫音も、若菜の方を見て小さく頷き、再び祖父の方へと向きなおした。
若菜は、その紫音の視線に今までとは違う強い意思を感じ取った。
(紫音さん・・・)
そして若菜も、紫音と同じように祖父の方をじっと見据えた。
(何があっても、絶対に離れたくない)
若菜と紫音の心は、今、その思いで一杯になっていた。
「・・つまりお主の家で、お主と若菜が一緒に暮らす事を許して欲しいという事か?。」
紫音の言葉に耳を傾けていた祖父は、じっと睨むような視線で紫音に問い掛けた。
「はい。お許し頂きたく思います。」
だが紫音は、その視線に屈する事無くじっと祖父を見据えたままそう答えた。
「御爺様、私からもお願いします。」
そして若菜も、紫音と同じようにじっと祖父を見据えて言った。
その二人の様子を見て、祖父はより一層表情を険しくして二人を睨んだ。
永遠に続くような沈黙の中、それを破るようにゆっくりと祖父の言葉が部屋に響いた。
「・・・・・・・おまえ達の決めた事じゃ、おまえ達の好きにせい。」
「え?。」
祖父の意外な言葉に、若菜達はあっけに取られてしまった。
「あ。あの・・御爺様、本当に宜しいのですか?。」
若菜は今聞いた言葉が信じられずに、思わず祖父に問い掛けた。
「何じゃ、反対されたいのか?。」
その言葉を聞いて、祖父は若菜をじっと睨みつけた。
「い、いえ・・・そんな事は・・。」
その言葉に、若菜はしどろもどろに否定した。
その様子を見て、祖父はそれまでの表情を緩ませながらゆっくりと言った。
「ワシとて伊達に年を取っている訳ではない。これでも人を見る目は養っているつもりじゃ。 前に、ワシを説得しに来た時に解っておったわい。 こやつは、自分の私欲だけで動くような男ではない。 常に誰かを思い、その者の為に動いていく・・不器用な生き方しか出来ん男だと言うのがな・・。」
「御爺様・・・。」
「しかし、ワシとの約束をまさかそうやって守ろうとするとはの・・。 呆れるのを通り越して、笑ってしまうわい・・。」
そう言うと祖父はにやりと笑い、ゆっくりと立ち上がった。
「さあ、用が済んだのなら帰れ。ワシの気が変わらんうちにな・・。」
「・・有難うございます。」
若菜達の感謝の言葉を背中に聞きながら、祖父はゆっくりと障子を開けて部屋を後にした。
(・・・流石、ワシが見込んだ男だけはあるわい・・。)
そう、心で呟きながら・・・。
長い梅雨の明けたある夜、紫音は自分の家へとバイクを走らせていた。
ジャケット越しに感じる少し蒸し暑い風が、夏の訪れを感じさせていた。
「段々暑くなって来るな・・。」
紫音はそう呟くと、目の前の交差点を曲がっていった。
そして、路地を何度か曲がると、紫音はうるさくないようにバイクのエンジンを止めて惰性でバイクを走らせて行った。
そして暫く走らせるとバイクをゆっくりと停止させた。
そして、そのままヘルメットを取ると目の前の家を見つめた。
その先には、暖かい灯りが灯っている紫音の家があった。
紫音はバイクから降り、バイクをガレージにしまうとゆっくりと玄関へと歩いていった。
そして玄関の前まで来ると、一呼吸置いて玄関のドアを開けた。
「おかえりなさい、紫音さん・・・。」
そのドアの向こうでは、何よりも大切な笑顔と声が紫音の帰りを出迎えてくれた。
「ただいま、若菜・・・。」
そして紫音も、それに答えるように微笑みながら歩みを進めていった。
心の中に、暖かな日差しを感じながら・・・。
あとがき
足掛け一年以上かけてようやく書き終わりました〜。 一時はこのまま未完で終わってしまいそうになりましたが、何とか書き終わりホッとしたと同時に 自分のボキャブラリーの少なさに辟易した執筆でもありました・・。(~_~;) 今の所、次回作等は全く未定です。でも、気が向いたら何か書いてるかもしれませんので その時は「ああ、またこいつこんな変なSS書いてるよ」って笑ってやってください。(苦笑
それでは、その時までお元気で。 Senti-G.com HOME>センチ>Sentimental Story>With・・ エピローグ |