With・・

第5章 〜Stay With・・〜


昨日までの大雨が嘘のように街中を朝の光が静かに覆い始めた頃、
若菜は少しずつ夢の中から戻って来つつあった。



「う〜ん…。」
少し気だるい声を出し、若菜はゆっくりとその瞳を開けて行った。
「え?・・・右手が…。」
と、同時に若菜は右手の自由が効かない事に気付いた。
おもむろに自分の右手の方を向くと、若菜はその理由を理解した。
「あ…、紫音さん……。もしかして、あれからずっと……。」
そこには、若菜の手をじっと握ったままベッドにうつ伏せに眠っている紫音の姿があった。
「私の為に…、本当に有難う御座います…。」
若菜は小さく呟きながら、眠っている紫音の頭をそっと撫でた。
(あ、そうだ、うふふ・・・。)
すると若菜は何かを思い立ったのか、紫音を起こさないように静かに身を起こし、右手を紫音の手からそっと外した。
そして自分が纏っていたシーツを紫音に被せると、寝室からゆっくりと出て行った。


それから暫くして、紫音も夢の中からゆっくりと戻って来つつあった。


「・……あれ?……ここは?・・・・あ、そうか、若菜の部屋に・…。」
まだ目の覚め切らない状態で辺りを見回した紫音は、一瞬自分の居場所を理解できないでいたが、すぐに昨日の出来事を思い出し、納得した。
「……あれ?若菜…。」
そして改めて視線を戻すと、ベッドで眠っていた若菜の姿は無く、その若菜が纏っていたシーツが自分に被せられてる事に気付いた。
「もう、起きたのかな?……。」
そう呟きながら、紫音はゆっくりと立ち上がると寝室のドアを開けた。
「あ……。」
そしてリビングの方までやって来て、紫音はある光景に目を奪われた。

そこには、既に私服に着替えた若菜がエプロンを纏い、キッチンで楽しそうに朝食を作っている姿があった。

「あ…、紫音さん、おはよう御座います。」
ずっと見つめてる紫音の姿に気付いた若菜は、笑みを浮かべながら楽しそうに挨拶した。
「え?あ、うん…、お、おはよう……。」
若菜からの挨拶に不意を付かれたように、紫音も慌ててそう挨拶を交わした。
「朝食お食べになりますよね?」
「う、うん……。」
「うふふ、良かった…。もう少しで出来上がりますから、それまでリビングで寛いでいて下さいね。」
若菜はそう言うと、また楽しそうに朝食作りを再開した。
「うん・…。」
若菜の言われた通りにリビングにあるソファーに身を委ねると、紫音はキッチンの若菜の姿をまた見つめた。
〜♪、〜〜♪・・・
そしてキッチンからの良い匂いと、包丁の音に混じって聞こえてくる若菜の楽しそうな鼻歌に何とも心地よい気分を五感で感じていた紫音は、
何だか照れ臭いような、嬉しいような複雑な気持ちになり、思わず顔を赤くしてその姿にじっと見惚れてしまっていた。





「うわぁ…、美味しそう…。」
目の前に並べられた朝食を見て、紫音は思わず感激の声を上げた。
「うふふ…、さあ、どうぞご遠慮なく召し上がってくださいね。」
「うん、それじゃあ、頂きます〜〜。」
そう言うと、紫音はまず目の前にある豆腐とワカメのお味噌汁を啜った。
「…どうでしょうか、お口に合いますか…?」
その光景を見つめながら、少し不安そうに若菜が尋ねた。
「・・・・・・・・うん、美味しい・・・・。」
微笑みながらそう答えると、紫音はまた嬉しそうに味噌汁を啜った。
「あ・・・、うふふ、良かった・・・・・・。それじゃあ私も・・・。」
その光景を見て、若菜も微笑みながら自分の箸を進め始めた。





「ふぅ〜、ご馳走様〜。本当に美味しかったよ。」
「うふふ、嬉しいです・・・。貴方に喜んで頂けて・・・。」
若菜は、自分の料理を綺麗に平らげて満足そうにしている紫音の表情を見て嬉しそうに微笑んだ。
「久しぶりだよ、こんな風に朝ご飯を食べたのって・・・。」
「えっ、そうなのですか・・・?」
「うん、いつもは大学に行く途中のコンビニで、パンか何か買って済ませているから・・・・・・。」
「まあ・・・。」
若菜は少し呆れ気味に声を上げたが、すぐに恥かしそうに笑みを浮かべた。
「実は・・・、私もなんです。」
「え?私もって・・・。」
「私も、こんな風にちゃんとした朝食を取ったのは久しぶりなんです・・・。一人で朝食を取っていると、何だかあじけなくてつい・・・。」
「そうなんだ・・・。」
紫音は微笑んでいる若菜を見つめると、ゆっくりと言葉を選ぶように若菜に語りかけた。

「若菜・・・、実は君に・・・話したい事があるんだ・・・。」
「私に・・・お話ですか?」
「うん・・・。」
急な言葉に戸惑いの表情を浮かべている若菜に、紫音はさっき以上にゆっくりと言葉を選ぶように話を続けた。
「昨日、ずっと考えてたんだ・・・。君の事、それに・・・僕自身の事も・・・。
 ・・・正直、このままの生活を続けてたら・・・若菜きっと、・・・寂しくて壊れちゃう・・・。」
「紫音さん・・・?」
ゆっくりと紡がれて行く紫音の言葉を聞きながら、若菜は戸惑いと不安な表情を浮かべていった。
「・・・今日みたいに若菜の寂しさを慰める事が出来る内はまだ良い・・・。
 でも、僕も大学の講義やアルバイトで今以上には若菜に逢える時間が取れない・・・、
 もしかしたら、今まで以上に少なくなるかも・・・。そうなったら・・・、きっと・・・。」
そう言うと紫音は、俯いたままじっと黙ってしまった。
「・・・・・・紫音さんは、・・・私に・・・京都に帰れと仰るのですか・・・・・・?」
紫音の言葉の後、言葉を失っていた若菜は、やがて涙で声を詰まらせながら紫音へ問い掛けた。
だが、その問い掛けに紫音は俯いたまま何も答えようとはしなかった。
「・・・どうして黙ったままなのですか?・・・答えてください、紫音さん!!。」
自分の思いをぶつけるような大きな声で、若菜は紫音に更に問いかけた。
「・・・自分のせいで、・・・これ以上若菜を悲しませたくないんだ・・・。」
紫音は俯いたまま、そう小さく呟いた。
「そんな・・・酷い・・・。」
紫音の言葉に若菜は涙を溢れさせていった。
「・・・私は、もう紫音さんの重荷でしかないのですか?・・・・。」
「・・・・若菜。」
若菜の言葉を聞き、紫音は顔を上げて若菜を見つめると、ゆっくりと言葉を続けて言った。
「・・・・もし、若菜が僕にとって重荷だとしても・・・、君はそれでも僕の傍に居たい?・・・・。まだ僕の事を・・・想ってくれる?」
「え?・・・。」
紫音からの不意の問いかけに若菜は戸惑いの表情を浮かべた。
「僕は・・・・若菜の本当の言葉が聞きたい・・・。答えて欲しい・・・。」
「紫音さん・・・・。」
紫音の言葉に若菜は答えを続けようとした。だが・・・。
「私は・・・・・・・・若菜は・・・・・・。」
そう言って俯いたまま、答えを出せずに口篭もってしまった。
(・・・やっぱり若菜には酷な質問だったか?・・・)
ずっと口篭もる若菜を見つめて紫音がそう思いかけたその時、若菜の口から途切れがちに言葉が紡がれていった。

「私は・・・紫音さんの事を大切に想っています・・・。・・・・だから・・もし私が貴方の重荷なら・・・・私は貴方にご迷惑をおかけしたくありません・・・。でも・・・。」
「でも・・・・?」
「・・・・・・今の私には・・・・それ以上に・・・貴方と・・・離れてしまう事の方が辛い・・・。
 例え・・貴方の重荷になってしまったとしても
・・・私は・・・貴方の傍にいる事を望みたい・・・・。」
「若菜・・・・。」
若菜の言葉を聞いて、紫音はゆっくりと呟いた。


「・・・その言葉が・・聞きたかったんだ・・・・。」


「え・・・・?」
紫音の言葉に少し戸惑っている若菜を見つめ、紫音は言葉を続けた。

「試すようなことをしてごめん・・・。でも、この事を言う前にどうしても確かめておきたかったんだ・・・。若菜の、本当の気持ちを・・・。」
「この事と・・・言いますと・・・?」
若菜の問い掛けに紫音は少し微笑みながら答えた。
「若菜・・実は、一つ方法があるんだ・・・。その・・・僕なりに考えた方法が・・・・。
今、僕の家・・・両親が転勤で僕しか居ないんだ・・。
それで、使ってない部屋とかあるし・・・僕一人だとちょっと広すぎるんだ・・・・。」
そこまで言うと、紫音はゆっくりと一呼吸置いて次の言葉を続けた。


「・・・・・・・家においで。」


「え・・・?」


「・・・一緒に・・住もう・・・。」


「紫音さん・・・・でも、それでは紫音さんにご迷惑が・・・。」

「若菜。」
若菜の言葉を遮るように紫音はそう言うと、言葉を続けた。

「確かに、一緒に住んだからって若菜の寂しさが無くなるかどうかは解らない・・・。
でも、帰ると誰かが居てくれる・・誰かが戻って来てくれるって思うだけで
きっと凄く心が休まると思うから・・・。
若菜、・・・僕も若菜と同じ気持ちなんだ・・。何があっても君とは離れたくない・・・。
それにさっき言ってくれたじゃない・・・。例え重荷になっても僕を思いつづけるって・・・。」

「あ・・。」
紫音の言葉を聞き、若菜はさっき自分の言った言葉を思い出して小さく声をあげた。


「若菜・・もっと自分に正直になっていいんだよ・・。
大丈夫、僕は絶対嫌いにならない・・・。
我侭な若菜だって・・困らせてばかりの若菜だって・・僕の大好きな若菜だから・・・。だから・・・絶対に嫌いになんかならないから・・・。」
「紫音さん・・・。」


「来て・・くれるね?」




「・・・・。」
紫音の優しさに触れ、嬉しさと涙で言葉を無くしながら、若菜は紫音の言葉に小さく頷いた。


(・・紫音さん・・・有難う・・・。あなたに出逢えて・・本当に良かった・・・。)
そう、心の中で呟きながら・・・。



                
二人の心に降り注いでいた雨はようやく止み、今少しずつ日差しが差し込み始めていた・・・・









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